Epithelial cell chirality emerges through the dynamic concentric pattern of actomyosin cytoskeleton
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Recommended citation: Yamamoto, T.*, Ishibashi, T.*, Kiyosue-Mimori, Y., Hiver, S., Tokushige, N., Tarama, M., Takeichi, M., Shibata, T.† (2025) "Epithelial cell chirality emerges through the dynamic concentric pattern of actomyosin cytoskeleton" eLife, in press. https://doi.org/10.7554/eLife.102296
簡単な解説
本研究は,細胞スケールの左右非対称性(細胞キラリティ)がリング状のアクトミオシンから生まれる可能性について理論と実験から示したものです. 左右非対称性は身体や器官の組織の基本的な性質であり,生物の発生・機能・生存に不可欠です. これまで,私1も含めた複数のグループによって,細胞キラリティが器官レベルの左右非対称性を生み出すことが示唆されてきました. 地球上の生命体は特定のキラリティをもつアミノ酸のみを利用していることから敷衍していくと,直感的には,分子キラリティが細胞キラリティの起源であると考えられます. しかし,細胞キラリティが分子キラリティからどのようにして組織化されるのか(どのように創発するのか)はよくわかっていないのが現実です. これまでの仮説としては,キラルな分子が寄り集まって,サブミクロンスケールの巨視的かつキラルな構造が自発的に作りあげられるのではないか,そしてそのサブミクロンスケールのキラル構造が生み出す力や化学反応が分子キラリティを細胞キラリティへ変換する実体なのではないかと考えられてきました. この研究では,細胞生物学・高解像度イメージング・数理モデルを組み合わせて,上皮細胞に細胞スケールのキラリティが出現するメカニズムを新しく提案しました.
まず我々は,ヒト結腸がん由来の上皮性培養細胞株であるCaco-2細胞において,細胞核と細胞質がほとんど必ず時計回りに回転することを発見しました. 基質パターンなしに明瞭な細胞キラリティを示す上皮細胞としては,このCaco-2細胞が初の報告になるはずです. 次に,薬剤実験からこの回転運動の駆動力となっている分子の特定を試み,F-アクチンとミオシンIIが回転力の生成に不可欠であることを示しました. すなわち,アクトミオシン細胞骨格こそが回転運動を駆動しているということです. さらに詳細なF-actinのイメージングにより,細胞の基底側の細胞辺縁部には渦巻き状のキラルな配向を持つストレスファイバーが形成されている一方で,細胞の頂端側には同心円状に配向した構造が同時に形成されていることを見出しました.
興味深いことに,細胞の基底側に形成される渦巻き状のストレスファイバーを薬物処理によって除去しても、細胞は時計回りの回転を示し続けました. これは,これまでの仮説と反して,アクトミオシン細胞骨格が,巨視的なでキラル構造を作ることなしに細胞スケールのキラルな回転力を生成できることを示唆しています. さらに,フォルミン阻害剤であるSMIFH2で処理された細胞では,頂端側に形成される同心円状のアクトミオシンリングがより顕著になり,核の回転速度が速くなる傾向が見られました. 対照的に、RhoアクティベーターIIによる処理で頂端側のアクトミオシンリングが減少すると、回転運動は停止しました. これらの結果は,背側のアクトミオシンリングが回転を駆動する上で重要であるという考えを強く支持しています.
共筆頭著者である山本さんは,アクトミオシンリングが、巨視的なキラル構造を持たないにもかかわらず,どのようにキラルな細胞質流を駆動するのかを理論的に解明しました. 山本さんは,アクトミオシンが,(1) アクトミオシンの収縮力に起因する力双極子と, (2) ミオシンIIフィラメントが2つの反並行アクチンフィラメントを回転させることに起因するトルク双極子という,2つの力学的な作用によって駆動されるアクティブキラル流体力学の理論的枠組みを適用しました. 実際のアクトミオシンで計測された数値を反映させたシミュレーションの結果,背側膜に沿って分布するアクトミオシンリングが,確かに時計回りのキラルな細胞質流を生み出すことがコンピュータ上で再現されました. 理論のさらなる検討から,アクトミオシンの分子レベルの微視的なキラル性と,アクトミオシンがZ方向(= 細胞の高さ方向)に沿って濃度変化を持つことによって生じるアクティブトルクの勾配が,回転を生み出す原因であることが示唆されました. これにより,巨視的なキラル配向秩序がなくても,細胞の回転が分子キラリティから説明できることが明らかになりました.
本研究は,細胞キラリティが,細胞骨格が持つ分子スケールのキラルな性質から生じるというこれまでの直感を支持し,その詳細な原理を提唱しています. 特に,細胞スケールのキラルな性質には巨視的なキラル構造が必要であるという従来の仮説とは対照的なメカニズムを提案していることが重要です. この知見は,臓器や組織の左右非対称性がどのように確立されるかという,発生生物学における基本的な問題を解き明かす上で重要な一歩となります.
私は,高解像イメージング解析や分子生物学的解析を行い,共筆頭著者としてこのプロジェクトに参画しました. 理研に来て最初の重要な仕事であり,世に出せてひとまずほっとしたという感想です. ご協力いただいたすべての共著者と関係者の皆様に深くお礼申し上げます.