Statistical validation verifies that enantiomorphic states of cell chirality are determinant dictating the left- or right-handed direction of the hindgut rotation in Drosophila

Published in Symmetry, 2020

Recommended citation: T. Ishibashi, M. Inaki, K. Matusno. "Statistical validation verifies that enantiomorphic states of cell chirality are determinant dictating the left- or right-handed direction of the hindgut rotation in Drosophila." Symmetry 2020 12(12):1991. https://doi.org/10.3390/sym12121991

Authors:
Tomoki Ishibashi, Mikiko Inaki, and Kenji Matsuno.

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簡単な解説

本論文は,私の学生時代の研究から得られたデータと,京都大学のポスドクとして学んだ生態学的解析手法を融合したもので, “細胞キラリティが器官の左右非対称性形成に必要である”という,細胞キラリティ研究者にとって重要な前提を実験的に検証し,その正当性を報告するものです.

ショウジョウバエ胚消化管は,はじめ左右対称な管が捻転することで,左右非対称な形態になります. これまでに我々は,捻転前の左右対称な消化管では,消化管を構成する上皮細胞が左右非対称な形態をとり,その一方,捻転後の左右非対称な消化管では,上皮細胞が左右対称な形態をとることを発見していました1. これまで,細胞キラリティは,器官の左右非対称性形成を説明するためには十分であることが分かっていました1. しかしながら,ある要因がある結果を説明するのに十分であるからといって,その要因がその結果に真に必要な要素かどうかは分かりません. 今回の場合ならば,“細胞キラリティが異常だから後腸が異常な方向に捻転する”のか,”異常な方向に捻転するように力がかかっている後腸では,細胞キラリティが異常になる”のか,どちらもあり得るということです. 細胞キラリティが器官レベルの左右非対称性を制御するだろうという暗黙の前提は,野生型の細胞キラリティを持つ胚の後腸は野生型方向に,逆方向の細胞キラリティを持つ胚の後腸は逆方向に回りやすい,という定性的な観察結果からしか示唆されていませんでした.

さて,ではどうすれば細胞キラリティこそが器官の左右非対称性を制御する上で必要なものだと言えるのでしょうか. 結果に対する要因の必要性を議論するためには,その要因を人為的に撹乱したとき,結果が事前に予測したように変化するかどうかを検証する必要があります. しかしながら,細胞レベルのキラリティを人為的に撹乱する方法はこれまで開発されておらず,これが細胞キラリティの器官形態形成における必要性を議論する上で大きな障壁となっていました.

そこで私は,次の方法によって,細胞キラリティの必要性を明らかにしようと考えました. まず,これまで,右向きか左向きか,という定性的な解析しかされてこなかった細胞キラリティに対し,”chirality index”という定量的な定義づけを行いました. 次に,emc突然変異体という,細胞キラリティと後腸の捻転方向が両方ランダム化する突然変異体を用いました. 細胞キラリティは,後腸の捻転前に形成されるので,細胞キラリティのランダム化という表現型は,人為的な細胞キラリティの撹乱とみなすことができます. そして,それぞれのemc突然変異体をライブイメージング観察し,”chirality indexに応じて後腸がどちら方向に捻転するのか”という相関関係を解析しました.

この解析プロセスは,生態学的な手法を流用しています. 生態学の世界では,非モデル生物を扱うために,表現型の分散は大きく,また,サンプルも多数入手することが困難です. その結果,生態学では,平均化した表現型の間で有意差を取るのではなく,分散のあるそれぞれの個体における多要因の相関関係から,必要十分条件を明らかにするという方法を用います. 今回の研究でも,細胞キラリティと後腸の捻転方向に分散のある個体を解析することで,細胞キラリティと後腸の捻転方向との間の相関関係が得られます. 時間的に,細胞キラリティのほうが後腸の捻転方向の決定よりも先に形成されるため,細胞キラリティからその後の後腸の捻転方向を正確に予測できるならば,細胞キラリティこそが後腸の捻転方向の決定要因であるということを実験的に証明できます.

実際,我々の解析から,後腸の捻転前に計測した細胞キラリティが,その後の後腸の捻転方向を有意に予測可能であることがわかりました. すなわち,細胞キラリティは,器官レベルの左右非対称性決定に必要であるということです. 本研究により,やっと,細胞キラリティの発生学的な意味に実験的な証明がつきました. 学生時代,口頭発表するときにずっと不満に思っていた表現である”細胞キラリティは器官の左右非対称性形成に関与する”という消極的なレトリックを取り去り,今後は“細胞キラリティが器官の左右非対称性を決定する”という強気な表現で発表できると考えると,悲願叶った心持ちがします.

細胞キラリティは,ショウジョウバエ以外の生物でも,左右相称動物全体に保存された細胞極性です. 細胞キラリティが左右非対称性形成に必要であるならば,細胞キラリティは他の生物の左右非対称性決定にも関わっている可能性がより強まります. 本研究は,器官レベルの形態が細胞レベルからいかにして創発するのか,という重大な問いを解くヒントとして,細胞キラリティの重要性をハイライトしました.